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最高裁判所第三小法廷 平成3年(行ツ)44号 判決 1993年3月02日

東京都豊島区目白二丁目二〇番五号

上告人

濱中利博

右訴訟代理人弁護士

松永渉

大徳誠一

伯母治之

東京都豊島区西池袋三丁目三三番二二号

被上告人

豊島税務署長 富田忠雄

右指定代理人

加藤正一

右当事者間の東京高等裁判所平成元年(行コ)第一二二号所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成二年一一月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松永渉、同大徳誠一、同伯母治之の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。本件において原審の認定した範囲を超えては所得税法六四条二項の適用がないとした原審の判断は、正当である。論旨は、違憲の主張を含め、原判決を正解しないか、あるいは独自の見解に立って原判決の法令違背を主張し、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実認定を論難するものにすぎず、いずれも採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、注文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 貞家克己 裁判官 坂上壽夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)

(平成三年(行ツ)第四四号 上告人 濱中利博)

上告代理人松永渉、同大徳誠一、同伯母治之の上告理由

第一、原判決は、所得税法第六四条二項の解釈・適用を誤ったもので、この違法は判決に影響をおよぼすこと明らかである。

一、原判決は、所得税法第六四条二項の解釈・適用に関して、僅かに次のとおり判示する。すなわち

「同項に規定する『保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合』とは、一般的には、保証債務を履行するために資産を譲渡し、社会通念上相当な期間内にその譲渡代金で保証債務を履行した場合または保証債務を代物弁済した場合における資産の譲渡をいうものと解される。保証債務の履行を他からの借入金によって行い、その後その借入金を返済するために資産を譲渡したような場合には、右資産の譲渡は原則としてこれに該当しないが、資産の譲渡に長期間を要するような場合において、やむをえず借入金でその保証債務を履行した後、社会通念上相当な期間内に資産を譲渡して借入金を返済するような場合等、実質的にみて保証債務の履行のための資産の譲渡と認められるものについては、例外的に同項の規定が適用されるものと解される(所得税基本通達六四-五参照)。」と判示するのみである。

原判決の右判示は、所得税法第六四条二項・所得税基本通達六四-五について記述したものであるが、右法律、通達の文言どおりの適用事例を示すのみで、右法律の立法趣旨に基づく右法律の解釈を示すものではなく、しかも右通達が右法律の例外であるとする。しかし、当事者間には、所得税法第六四条二項の解釈・適用と右通達との関係について正に争いがある。

二、所得税法第六四条について

1 この規定は、昭和三六年七月二〇日付直資五八直所一-四七、徴管二-七三、徴徴二-三〇通達「他人の債務の担保に提供されていた資産が担保権の実行により譲渡された場合の所得税または再評価税の取扱いについて」通達に発し、昭和三七年法律第四四号により所得税法一〇条の六として創設され、昭和四〇年法律第三三号により所得税法第六四条一項二項として規定され、昭和四九年法律第一五号により所得税法第六四条に申告要件が附加され、現在の所得税法第六四条が規定されたものである。

2 この規定は、譲渡所得の金額は総収入金額からその譲渡資産の取得費及び譲渡費用の合計額を控除したものであるが、譲渡代金が回収不能となったり、保証債務の履行のための譲渡に伴い求償権の行使が不能となった場合には、譲渡代金に相当する所得を現実に享受しえないところから、その回収不能相当額を譲渡所得の金額の計算上なかったものとみなす旨規定されたものである。

3 この規定は、事業所得及び事業としての不動産所得・山林所得については法人税計算に準じ売掛金の貸倒れ等の損失は、事業の遂行上不可避的に生じた損失であることを考慮して、所得税法第五一条二項により資産損失としての必要経費として規定されているものであるが、それら事業以外の譲渡代金の貸倒れ等については、その年の収入とは無関係な損失であるとの見地から、必要経費その他の費用の概念とは想容れないものとして課税上無視されていたのであるが、しかし、それら事業以外の一般の譲渡代金の貸倒れ等について全然これを所得計算上考慮しないことは、担税力の減殺という観点から割り切れない面があり、何等かの措置を講ずべき必要を認め、資産損失に対する課税上の取扱いの問題の一環として検討され、昭和三七年に創設されたものである。

4 昭和三七年のこの規定の創設に際しては次のような議論が交された。

<1> この種の所得の課税につき権利確定主義の原則を改め、代金回収等の際課税する現金主義の方法をとることはできないか。

この主張に対しては「現金主義をとることは年をまたがった分割払いによる累進課税回避のおそれがある。」として斥けられた。

<2> 法人税の所得計算原理である財産増加説の考え方をこの種の所得に採用することはできないか。

この主張に対しては「事業所得のような企業会計の立場にある所得については妥当であるが、この種の所得計算まで、この原理を及ぼすことは適当ではない」として斥けられた。

<3> この種の資産損失を雑損控除として救済する方法はないか。

この主張に対しては「災害等不可抗力の原因による損失を所得計算外の担税力減殺要素として考慮する雑損控除制度本来の立場から問題がある」として斥けられた。

それらの議論のほかに、次のような議論がなされた。

<4> 所得は、一時的な所得の性格上、一般的に貸倒れ等の事実の発生した年度には、貸倒れ損失を控除する対象となる所得の存在しない場合が多いので、それらの事実の発生した年度の損失とすることは救済の意味がない。

このような議論をふまえて、この種の所得の回収不能に対応する所得相当分はなかったものとみなして、その所得の生じた年にさかのぼって修正することが相当であるとして現行所得税法第六四条一項の規定が創設され、資産を譲渡して保証債務を履行しその求償権が行使不能となった場合についても、資産の譲渡代金自体の貸倒れではないが、譲渡代金は保証債務の履行のために提供され、その求償権が行使不能となることによって、結果的には資産の譲渡による所得を享受しないものであるから、前記譲渡代金の貸倒れの場合に準じ、求償権の行使不能相当分を譲渡代金の回収不能部分とみなし、譲渡所得課税の修正を認めるものとして、現行所得税法第六四条二項が創設されたものである。

5 所得税法は、所得を所得の量・所得の性格によって一〇種類に分類し、個別に各種所得の計算を定めるものであって、所得税法第六四条は譲渡所得課税について譲渡代金の回収不能・保証債務履行に伴う求償権行使不能の生じた場合に担税力に即応した公平な課税を期するため当然に規定されたものと解するものである。

6 被上告人は、所得税法第六四条二項は、譲渡所得課税一般に対する例外であり、所得税基本通達六四-五はこの例外の更に例外的取扱いを認めていると主張する。

原判決は、所得税基本通達六四条-五は所得税法第六四条二項の例外と位置付けている。

しかし、所得税法第六四条二項は、前述のとおり何よりも所得税の本質・公正・公平の原理から要請され明文化されたものであることを看過してはならず、さればこそ、所得税基本通達六四-五において、直接の因果関係がなくても、実質的に立法趣旨に沿う牽連性ないし因果関係のある経済実体があればよいとした所得税法第六四条二項の趣旨を示しているものである。

通達が法の例外であるとの被上告人・原判決の主張は、通達によって法を改廃するものであって、到底是認しがたいものであり、右基本通達は所得税法第六四条二項の適用の一事例を示しているが法の統一解釈を示すものと理解されるべきものである。

7 してみれば、本件のように経済的弱者の立場(上告人は法人ではないから完全な合理的経済人ではない)にある上告人が、経済的強者である銀行から預金高確保のため強い要請を受け、本来保証債務の履行に充てるべく調達した土地譲渡代金を定期預金とし、これを担保に別途借入金をなし、その借入金により保証債務を一旦弁済することとしても、土地譲渡代金の運用・利益を図ったとみるのは相当でなく(金利差の損失が生じており利益はない)、本条の趣旨に沿う牽連関係ないし因果関係があるものとして、本条の適用が認められるべきものである。

三、所得税法第六四条二項は、納税者の有利不利を問わず譲渡所得税の課税処分について実質課税の原則に基づき担税力に応じて課税の公平を実現するため規定されたものであり、この税法の規範に基づき解釈・適用されるものである。

原判決は、所得税法第六四条二項及び所得税基本通達六四-五の文字をなぞるのみで何らその解釈適用の要件を理解せず、本件資産譲渡代金の三井銀行における枝葉末節な事実から右法律及び通達のなぞった文字に該当しないとするものである。

原判決は、所得税法第六四条二項及び所得税基本通達六四-五の解釈適用に当って、本件資産譲渡の担税力の有無が認定判断されるべきものであるにも拘らずその解釈を誤り、後記第三、のとおり経験法則に反する誤った事実を認定し更に所得税法第六四条二項についてその解釈・要件を理解しないまま解釈を誤りその適用を否定し、被上告人の更正処分を是認したものであって、この誤りが、判決に影響をおよぼすこと明らかである。

第二、原判決の判示は、所得税第六四条二項及び所得税基本通達六四-五の解釈適用を誤るばかりでなく租税法定主義を定めた憲法第八四条に違反し、ひいては憲法第三一条にも違反する。

一、憲法第八四条は、納税者の有利不利を問わず課税の公正・公平を期するため租税法定主義を定めている。

二、原判決は、所得税法第六四条二項の解釈・適用に関して、「同項に規定する『保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合』とは、一般的には、保証債務を履行するために資産を譲渡し、社会通念上相当な期間内にその譲渡代金で保証債務を履行した場合または保証債務を代物弁済した場合における資産の譲渡をいうものと解される。保証債務の履行を他からの借入金によって行い、その後その借入金を返済するために資産を譲渡したような場合には、右資産の譲渡は原則としてこれに該当しないが、資産の譲渡に長期間を要するような場合において、やむをえず借入金でその保証債務を履行した後、社会通念上相当な期間内に資産を譲渡して借入金を返済するような場合等、実質的にみて保証債務の履行のための資産の譲渡と認められるものについては、例外的に同項の規定が適用されるものと解される(所得税基本通達六四-五参照)。」と判示する。

三、原判決の右判示は、所得税基本通達六四-五を所得税法第六四条二項の例外であるとする。そして原判決は本訴事実について所得税基本通達六四-五に該当しないと判示するものである。

原判決の本訴事実に関する適用法条として憲法第八四条に基づく所得税法ではなく、所得税法を忘れ法律で、はない所得税基本通達六四-五という通達に拘泥して判断したものである。

四、通達は、課税行政において法律解釈の一事例を示すにすぎないものであり、これを所得税法第六四条二項の例外として独立の裁判規範とすることは法律に基づかない課税処分を認めることになり、租税法定主義を定めた憲法第八四条に違反する。

五、原判決は、本訴請求を所得税法の例外と判示する右通達に基づいて判断したものであり、ひいては、被上告人の課税処分は法の根拠に基づかない課税処分であり法定手続を定めた憲法第三一条にも違反し、この違法は判決に影響をおよぼすこと明らかである。

第三、原判決の事実認定は、経験法則に違背し、この違法が判決に影響をおよぼすこと明らかである。

一、原判決は、本件資産の譲渡・保証債務履行の経緯等について、次のとおり事実を認定している。

1 上告人が代表取締役をしていた訴外会社は、昭和五四年四月ころ、所持していた手形が不渡りになったため、事実上倒産し、資産もなかったため同年一二月二六日に開催された株主総会の決議により解散した。

2 上告人は、訴外会社の三井銀行に対する一億八〇〇〇万円の債務及び訴外会社の振興信用組合に対する三億〇五二四万二九三七円の債務等について連帯保証していたため、自己の所有する土地を売却して訴外会社の債務を整理しようと考え、学校法人文化学園と土地の売買について交渉を行った 結果、昭和五五年一月九日に、別表二の<1>の土地を二億八二四四万〇二〇六円で売却する旨の契約が成立し、上告人は同日に六〇〇〇万円を、同月一六日に二億二二四四万〇二〇六円を受領した。

3 なお、上告人は三井銀行新宿西口支店の支店長及び担当者に対して、保証債務を履行する旨を伝えていた。と事実を認定する。

これら原判決の事実認定は、上告人の本件資産譲渡が、訴外会社の債権者に対する保証債務を履行する目的のためになされたものであること、この譲渡目的が三井銀行に明示され同行も右譲渡目的を認識していたこと、訴外会社には資産も無く上告人の求償権行使が不能であることを認定しているものである。

二、原判決は、続いて次のとおり事実を認定し判断する。

1 上告人は、別表二の<1>の土地の譲渡代金で三井銀行等に対する保証債務を履行するつもりであったが、三井銀行の担当者から保証債務の履行資金は貸し出すので右譲渡代金で定期預金を設定して欲しいとの要請を受け、また、上告人自身も定期預金を設定することによって訴外会社が所有していた裏磐梯の土地を三井グループに買ってもらう圧力としようと考えたため、右要請を受け入れて、同月一八日に、三井銀行新宿西口支店において前記通知預金から二億円を払い戻し、右金員をもって満期を昭和五六年一月一八日とする一〇〇〇万円の定期預金二〇口を設定した。

2 昭和五五年一月九日に受領した六〇〇〇万円は、同日三井銀行新宿西口支店にある上告人の当座預金口座に入金された後、直ちに右口座から六八一三万七四九〇円が払い戻されて、東海銀行に対して保証債務の履行として支払われた。

3 上告人が同月一六日に受領した二億二二四四万〇二〇六円は、同日三井銀行新宿西口支店にある上告人の当座預金口座に入金された後、直ちに右口座から二億二〇〇〇万円が払い戻され、右金員をもって同支店において通知預金が設定された。……右通知預金の残金二〇〇〇万円をもって昭和五五年一月二三日に定期預金が設定されが、右定期預金は同年二月一日に解約されて三井銀行新宿西口支店にある上告人の当座預金口座に入金された。そして、同月四日に右口座から一〇二七万一〇〇〇円が払い戻され、右金員は東都信用組合に対して保証債務の履行として支払われた。

4 三井銀行からの一億八〇〇〇万円の借入金のうち三〇〇〇万円は、同年四月一五日に別表二の<2>の土地の譲渡代金で返済された。

5 本件資産の譲渡代金のうち、保証債務の履行あるいは保証債務を履行するために借り入れられた金員の返済に充てられたのは、昭和五五年一月九日に東海銀行に対して支払われた六八一三万七四九〇円のうちの六〇〇〇万円、昭和五五年二月四日に東都信用組合に対して支払われた一〇二七万一〇〇〇円、昭和五五年四月一五日に三井銀行に対して支払われた三〇〇〇万円及び昭和五六年一月九日に三井銀行に対して支払われた一〇〇〇万円の合計一億一〇二七万一〇〇〇円を超えることはないということができる。

6 別表二の<1>及び<2>の土地のうち、右に記載した金員に対応する部分以外の部分については、本件資産の譲渡代金以外の資金をもって保証債務が履行されたものというべきであるから保証債務を履行するために資産が譲渡されたといえないことは明らかである。

7 右に記載した金員のうち、昭和五六年一月九日に三井銀行に対して支払われた一〇〇〇万円を除いて、被上告人は、所得税法六四条二項の適用を認めているので、右一〇〇〇万円について所得税法六四条二項を適用することができるかどうか検討する。同項に規定する『保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合』とは、一般的には、保証債務を履行するために資産を譲渡し、社会通念上相当な期間内にその譲渡代金で保証債務を履行した場合または保証債務を代物弁済した場合における資産の譲渡をいうものと解される。保証債務の履行を他からの借入金によって行ない、その後その借入金を返済するために資産を譲渡したような場合には、右資産の譲渡は原則としてこれに該当しないが、資産の譲渡に長期間を要するような場合において、やむをえず借入金でその保証債務を履行した後、社会通念上相当な期間内に資産を譲渡して借入金を返済するような場合等、実質的にみて保証債務の履行のための資産の譲渡と認められるものについては、例外的に同項の規定が適用されるものと解される(所得税基本通達六四-五参照)。これを本件についてみるに、前認定の事実によれば、別表二の<1>の土地を売却した上告人の主観的意図はともかくとして、上告人は、三井銀行に対する保証債務を履行した昭和五五年二月二八日以前に右一〇〇〇万円を含む別表二の<1>の土地の譲渡代金を全額受領し、この金員をもって定期預金を設定していたのであるから、定期預金を設定せずあるいは定期預金を解約して保証債務の履行に充てることが十分可能であったにもかかわらず、同行の担当者からの要請があったとはいえ、敢えて別の定期預金を担保に借入れをして保証債務を履行し、右譲渡代金を定期預金として一年間にわたって運用し、定期預金の設定、運用に伴う有形無形の経済的効果を享受したものということができる。したがって、上告人は、本件資産の譲渡代金を一旦一年間にわたり運用した後、その一部である右一〇〇〇万円をもって保証債務の履行の用に供した借入金の一部返済に充てたにすぎないものであるから、前述のいずれの場合にも該当せず、別表二の<1>の土地のうち右一〇〇〇万円に対応する部分についても保証債務の履行のために資産の譲渡があったと認めることはできないものというべきである。

三、これら原判決の事実認定・判断は、前記一、の1乃至る3の認定事実を前提として、別表二の<1>及び<2>の土地譲渡代金の三井銀行における取扱を認定し、右譲渡代金使途について判断している。

原判決の判断は、保証債務の履行に充てられたものとして、 昭和五五年一月九日に東海銀行に対して支払われた六八一三万七四九〇円のうちの六〇〇〇万円、昭和五五年二月四日に東都信用組合に対して支払われた一〇二七万一〇〇〇円、昭和五五年四月一五日に三井銀行に対して支払われた三〇〇〇万円の部分に対応する部分について保証債務の履行のために資産の譲渡があったと示すものである。

一方、原判決の判断は、税務申告制度を無視するものである。資産処分をした場合には、資産処分の翌年二月一六日から三月一五日の間に確定申告書によって所得税法六四条二項の適用を受ける旨申告する制度となっている。原判決の判示からすれば、多額の不動産譲渡代金を種類を問わず銀行預金等にすることは、金銭に顔が無い以上特定は不可能であり他の金銭と混同は免れず、銀行等に預けた場合には常に運用に伴う有形無形の経済的効果を享受するという論理になり、実社会生活を甚だ無視するものである。原判決は、これら申告制度及び、金銭取扱に対する社会の常識に反するものである。

四、本訴は、正に所得税法第六四条二項の解釈及びその適用が争点であり、その解釈が明らかにされ本訴事実に適用されることが求められているものである。

然し乍ら、原判決は、次に主張するとおり事実を誤認するばかりでなく、原判決は所得税法第六四条二項を適用することができるかどうか検討するとしながら、何らの解釈を示さず所得税法第六四条二項の適用を否定している誤りがある。

原判決は、別表二の<1>の土地の譲渡代金について前記一、のとおり訴外会社の債権者に対する保証債務を履行する目的のためになされたものであること、この譲渡目的が三井銀行に対して明示され同行も右譲渡目的を認識していたこと、訴外会社には資産も無く上告人の求償権行使が不能であることを認定した。

然し乍ら、原判決は、前記二、1・7のとおり「上告人は、別表二の<1>の土地の譲渡代金で三井銀行に対する保証債務を履行するつもりであったが、三井銀行の担当者から保証債務の履行資金は貸し出すので右譲渡代金で定期預金を設定して欲しいとの要請を受け、また、上告人自身も定期預金を設定することによって訴外会社が所有していた裏磐梯の土地を三井グループに買ってもらう圧力としようと考えたため、右要請を受け入れて、同月一八日に、三井銀行新宿西口支店において前記通知預金から二億円を払い戻し、右金員をもって満期を昭和五六年一月一八日とする一〇〇〇万円の定期預金二〇口を設定した。」・「右に記載した金員のうち、昭和五六年一月一九日に三井銀行に対して支払われた一〇〇〇万円を除いて、被上告人は、所得税法第六四条二項の適用を認めているので、右一〇〇〇万円にうちて所得税法第六四条二項を適用することができるかどうか検討する。……これを本件についてみるに、前認定の事実によれば、別表二の<1>の土地を売却した上告人の主観的意図はともかくとして、上告人は、三井銀行に対する保証債務を履行した昭和五五年二月二八日以前に右一〇〇〇万円を含む別表二の<1>の土地の譲渡代金を金額受領し、この金員をもって定期預金を認定していたのであるから、定期預金を設定せずあるいは定期預金を解約して保証債務の履行に充てることが十分可能であったにもかかわらず、同行の担当者からの要請があったとはいえ、敢えて別の定期預金を担保に借入れをして保証債務を履行し、右譲渡代金を定期預金として一年間にわたって運用し、定期預金の設定、運用に伴う有形無形の経済的効果を享受したものというとができる。したがって、上告人は、本件資産の譲渡代金を一旦一年間にわたり運用した後、その一部である右一〇〇〇万円をもって保証債務の履行の用に供した借入金の一部返済に充てたにすぎないものであるから、前述のいずれの場合にも該当せず、別表二の<1>の土地のうち右一〇〇〇万円に対応する部分についても保証債務の履行のために資産の譲渡があったと認めることはできないものというべきである。」

と判示する。

1 原判決の「訴外会社が所有していた裏磐梯の土地を三井グループに買ってもらう圧力としようと考えた」「裏磐梯の土地の売却を有利に運ぼうとしたものということができる」との認定は、全く事実を誤認するものである。

上告人は、三井銀行と取引に入ったのは三井銀行からの強力な接近で始まったもので、その際に三井銀行から処分のできない裏磐梯の土地について三井グループで処分をするとの話があり上告人にとって有り難い話でありお願いする立場にあったもので、上告人が三井グループに買ってもらう圧力としようと考えた事実も、右土地売却を有利に運ぼうとした事実も存在しない。三井銀行との取引で、上告人側にを有利に裏磐梯土地処分について期待の存することは、所得税法第六四条二項適用には何ら支障をきたすものではない。

2 原判決は、上告人と三井銀行との関係について、上告人が倒産した中小企業である訴外会社の経営者であり、倒産した際には特に顕著に、上告人経営者と三井銀行との力の関係には圧倒的な差があり、事実上同行の管理下に置かれた状態にあるという重要な事実・実体を看過ごしているものである。

上告人には、三井銀行の、本件資産譲渡代金を三井銀行の預金高確保のために預金に回し、三井銀行はじめ債権者に対する保証債務の履行については三井銀行の貸付金によって行なうという意向に逆らうことのできない立場であって、原判決の判示するような定期預金を設定せずあるいは定期預金を解約して保証債務の履行に充てることが十分可能であったという選択の余地は無かったのである。

3 原判決は、「敢えて別の定期預金を担保に借入れをして保証債務を履行し、右譲渡代金を定期預金として一年間にわたって運用し、定期預金の設定、運用に伴う有形無形の経済的効果を享受したものということができる。」と判示する。

原判決は、「敢えて別の定期預金を担保に借入れをして保証債務を履行し、右譲渡代金を定期預金として」と認定するが、右借入金の担保は右譲渡代金による定期預金であることは明らかであり、他に担保となるべき定期預金はなく、明白な事実を誤認するものである。

上告人は、原判決も認定するとおり本件資産の譲渡が三井銀行はじめ債権者に対する保証債務履行に充てる目的でなされたもので、上告人としては保証債務の利息を見ただけでも右譲渡代金を速やかに保証債務履行に充てる方が経済的不利益を免れることになり、且つ、原判決において主張したとおり乙第一四号証の一の貸付金及び同第二九号証の別紙5の右貸付金によってできた定期預金を例にとっても、借入利息は六・二五パーセントであり、預金の表面金利は八パーセントであるが三五パーセントの分離課税により実質利率五・二パーセントとなり差し引き一・〇五パーセントの負担増となり赤字であり、実質上の導入預金と同じく右定期預金が拘束されている事実を見ても、上告人には何らの運用利益はなく、寧ろ負債が更に増加していっただけである。

原判決は、認定の定期預金と、これと切り離しては成立しえない上告人の被った早期返済のできなかった経済的負担及び借入金の支払利息の経済的負担の事実について、何らの具体的検討もせずに右譲渡代金を定期預金として一年間にわたって運用し、定期預金の設定、運用に伴う有形無形の経済的効果を享受したと認定するもので、何をもって有形無形の経済的効果を享受したというのか具体的に明らかにせず事実に基づかない不合理な認定であり事実を誤認するばかりでなく、一般的な預金担保の借入の場合に預金者の犠牲において銀行の利益をあげるという、一般常識にも反するものである。

4 上告人は、三井銀行の意向に従う立場にあったが、同行の意向に従うせめてもの確認・確約として、イ上告人は三井銀行に対し、同行より要請のあった保証債務を貸付金(借入金)をもって弁済し・この貸付金(借入金)の弁済に本件資産譲渡代金によってできた定期預金を充てるという方法について、所得税法第六四条二項及び通達の適用の有無について本部に問合せをするよう要請し、三井銀行より右所得税法の適用されることの確認を得たので、ロ右貸付金(借入金)の弁済に右定期預金を充てることを三井銀行と約束した。

原判決は、上告人と三井銀行との約束に関する上告人本人の供述を採用できないとして排斥し、本件資産譲渡代金の三井銀行の取扱について、顕出された三井銀行側の資料に基づいて判示するが、右定期預金の証書は作成時以来三井銀行によって管理され上告人の支配下にあった事実は無く、上告人に右定期預金証書の番号が具体的に何番であるかなど本訴に至るまで知らなかったのであって、上告人としては三井銀行との右保証債務履行のための貸付金(借入金)の弁済には本件資産譲渡代金による右定期預金を充てる約束のもとに右定期預金を三井銀行の管理下に置いた時点において、三井銀行に対する上告人の保証債務の履行を実行したものである。

三井銀行において右約束とは異なる形式処理をしていても、上告人は、三井銀行の形式事務処理に関与する立場にも知りうる立場にもなく本件紛争に至り初めて知ったものであり、一例としていわゆるダブル定期について、三井銀行の直接担当者であった当時の次長小林一夫・鈴木敏文の証言によって明らかにされたとおり、当時としては銀行の社会的評価ランクが預金高によって決められていたので顧客に対し銀行が進めていたものであるが、銀行の禀議書としては「顧客より懇請あったもの」と表現していたという実態が証言されており、実体と事務処理の全く異なることを明らかにしている。

三井銀行の形式事務処理によって本件資産の譲渡代金によって保証債務の履行をなした実体的事実が変更を受けるものではない。

原判決の事実認定は、これらの実態を看過ごし事実を誤認するものである。

5 原判決は、「別表二の<1>及び<2>の土地のうち、右に記載した金員に対応する部分以外の部分については、本件資産の譲渡代金以外の資金をもって保証債務が履行されたものというべきであるから保証債務を履行するために資産が譲渡されたといえないことは明らかである。」と判示するが、原判決は一方が前記一、1乃至3で別表二の<1>の土地が保証債務を履行するために譲渡された事実を具体的に認定しており、右判示は右具体的事実認定に矛盾するものである。

五、原判決は、本訴請求の事実認定は、上告人が三井銀行等に対する保証債務返済のために本件資産を譲渡した代金を、三井銀行がどのように事務的に扱ったかという局所的枝葉末節のみに目が奪われ事実を誤認したものである。

上告人が三井銀行等に対する保証債務返済のために本件資産を譲渡し現実に右代金を三井銀行に渡したという実体の中で、倒産会社の代表者である上告人と債権者である三井銀行という力関係の支配する現実社会において、圧倒的優位に立つ三井銀行側の事情で処理された事実であることは、広く社会で行われており社会の常識となっており、原判決としては上告人が三井銀行等に対する保証債務返済のために本件資産を譲渡し現実に右代金を三井銀行に渡したという全事実関係の中で各事実を認定するのでなければ、真実を明らかにすることができず、事実認定を誤るものとなる。

六、この全事実関係の中で各事実を認定することを怠った原判決は、自由心証主義を逸脱し事実認定について著しく経験法則に違背しひいては法令の適用を誤ったもので判決に影響をおよぼすこと明らかなものである。

以上の諸点より原判決は破棄を免れないものである。

以上

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